サッカリン駒田のHound Egg

Over Kill

2014.07.02.Wed.00:43
さて、今日7月一日をもちまして、暗い冷蔵庫の片隅から晴れて女の子達の・・・
華咲き乱れる元の職場に差し戻されたわけですが、正直言って好き勝手な冷蔵庫が恋しい。

まあ、ゼータクぬかすな。

えー、そこでですねえ。                 テレビの話題に全くついていけねえよっ!
そういえばテレビ見ないですね。大分は放送局が3つしかありません。
日本反日協会もありません。
ではNテレビの番組はどうやって観てるのか?
なんと、民放の中に散りばめられているんですね。信じられますか?ちょっと、奥さん!



誰に話しかけてんだよ!って感じですが、ホントにテレビ観ませんね。
ひとつはムカつくから。と、もうひとつは主夫にそんな暇はありませんよ。
わかりますか?30分のマンガは見れますが一時間もテレビ見てるヒマなどねえ!って話ですよ。
結果、中途半端に半分だけ、とか終わりだけ、とかになって非常に消化不良です。

もっとも、見たいとも思わないんですけどね。

あぁ、もう・・・飯炊かな、風呂沸かさな、と思いながらパソコン弄ってたり、パチンコしてたり、音楽してる暇はあってもテレビ見てる暇はないんです。
要するに、こりゃ優先順位の問題ですね。
それでですねえ。
「ちょっと、ちょっと、見てぇ!」って女房がいうと「忙しいんだよ!」ってなるわけです。

さみしいんですよね。旦那は忙しいから・・・

そりゃわかってますが、ホント忙しいんですよ。
でね。「一億総白痴ってな。テレビなんか見てたらアホになるんやゾ。」っていうんですよ。
さて、ここで本題です。
うん、テレビ好きならそれで結構。ネットが好きならそれでもいいです。
新聞でも本でも同じ事です。要は誰の言ってる事を信用するか?って事ですよ。

誰のいう事を信用しますか?そりゃ、自分に決まってますよ。
報道には限界があります。
たとえば少年ジャンプの一冊を読んでトニートニーチョッパーは海賊になった事だけは分かります。
なぜ海賊になったのか?はその前後の話の流れがあるというわけです。
でも、報道という決められた枠の中では「チョッパーが海賊になりました。」しか伝えられないのですよね。
悪意をもって前後をハショっても同じ事。問題は「なんで海賊になったんやろ?」自分で調べて考えるかどうかです。

何も考えずに占い師様のいう通り生きてれば、そりゃ楽でしょ。
自分の人生に責任ないんですから。でも、そんな人生を選んだ責任は確実にあります。
じゃ、どういうふうに考えたらいいのか?
そりゃ、昔も今も変わりません。「誰が一番得するか?」に限りますよ。
そうすりゃ、自ずと話の筋が見えてくるものです。
じゃ、テレビ見なくても新聞読まなくてもネットの一行ニュースで十分ですね。

さて、いよいよ本当に今度こそ本題です。

今日はモーターヘッドで「オーバーキル」です。
この曲大好きなんですよね。モーターヘッドってほとんどみんな同じ曲じゃないですか。
うっかり聴いてたら曲が変わった事さえ気づかない。
・・・で、これ半分ぐらいで曲が終わっちゃうんですね。
終わったっと見せかけて、また始まる。
始まると見せかけて、なかなか始まらずにまだまだ続く。

ここがなぜか大好きです。
これはライヴ版で7分越えますがオリジナルでも6分ぐらいはある長い曲ですよ。
えー、オーバーキルのようなgdgd長い記事で申し訳ありません。



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日曜日

2014.05.04.Sun.14:42
さて、世間はゴールデンウイークなどとハイカラなものに浸り込んでいますが自分には普通にたまのサンデー日曜日。
しかも何の因果か明日はピンチヒッターで最低でも12時間確定のロングワークを控えて思い出すたびU2だす。



ゴールデンなウイークであろうがなんであろうが主夫には365日休みはありません。
朝、起きたらとにかく飯炊き。
それ済んだら洗濯して掃除・・・あぁ面倒くさい。
キッチンのシンクは昨日からの食器ナベフライパンで今にも倒壊寸前ですし、部屋の中は先日、ブーツの補修で散らかった残骸だらけ。
自分の部屋ぐらい、面倒くさいから後回しでええやんっ!
そしたらネコが「ちょっとヲッサン、クソの掃除して。」
女房は女房で「コーヒー入れろ。」だの「水汲みに行こう。」だの。

あーっ、もう!ホンマうるさいったらありゃしない。

そんなイラだちもようやく収まってipodの充電を兼ねてパソコンなど開いておりますがまだ洗濯物を干す作業と部屋の掃除が残っております。

さすがの自分もよく知らなかったのですが笠置シヅ子の「買い物ブギ」
古くは笑福亭鶴光師匠があるいはダウンタウン・ブギウギバンドがカバーしてまして、何で大阪弁やねん・・・みたいなね。
日本の高度成長期ですかね。
需要と供給と願望と事情の入り乱れた名曲です。

日本はこんな時代を経て、経済国家を開き世界規模で不況と言われる今日でさえも、諸外国のいうそれとは随分恵まれた環境に留まっております。
これって何が違うのかと考えてみたものですが今朝のニュースをチェックしてみたところ、近隣国の対日プロバガンダについての内部文書を入手したとの事です。

「内部文書」なんて出所の怪しいまゆつばものですが、それによると歴史認識について領土問題について官民一体で広報宣伝を訴えかけるというものです。
たとえばC国に関しては国連などの共構機関を通じてのほか、外務的には学者、記者などの有識者を通じてそれをアピールする。
K国に関しては海外に繁殖分布した同族の口々を通じて積極的な口コミ戦略によってそこをアピールするとされてるそうです。

あーそうなんだ・・・あいかわらずですね。

そんな事とは他所に我国のトップもあいかわらず仏頂面です。
そこなんですよ。
優柔不断でズル賢い方もすぐに頭に血が上る方もどちらのケツにも火がついてます。
放っておけば確実に火の車ですね。
外国に言わせれば日本人には表情がないそうです。
押し忍んで相手が自滅するのを待つ。
怒らせときゃいいんですよ。眠らせなきゃいいんです。
これぞお家芸ですよ。

まぁ、どっちにしても3パーセント上がった消費税で日本が金を出す事に変わりは無いのですけどね・・・
わて、ホンマによう言わんわ!


kei

2014.04.15.Tue.00:50
もうどれほど昔の事だか忘れてしまいましたが友人が海に行くからラジカセを貸してくれとか・・・
スピーカーがふたつ付いたヒップホップなアレです。
そんなもんが横行してた時代ですから、まあ30年ほども昔の事でしょうね。

んで、それが帰り支度にどの車に積み込んだものか、なかなか帰ってこない・・・シバくっ!
まま、若い時代にはそれもよく有りがちな話ですね。

ようやく帰ってきた時はそろそろ革ジャンなど羽織ってる秋も中頃、なにげに開けたらテープが一本入ったままでした。
中身は何かと思えばケイ・ウンスク!?
オドレらどないな趣味しとんねん?
思わず夏の海岸で行き交うビキニ姿を横目に大音響で流れるケイ・ウンスクを想像してしまいましたよ。



でもまぁね。朝から晩までロックロックというのもいい加減飽きて来るものでこれも何気に聴いてると、中高音でちょっと掠れたハスキーヴォイスが自分とちょっと似てまして、これ歌わせると今でも異様に上手いですよ。


さて、困った事です。
先日の事、パソコンいじりながらiTurn流してたらメディアプレイヤーの準備がどうたらこうたら、しきりにアイコンが出て実に鬱陶しい・・・
適当にチェックをつけて、以後表示しないをマークしたらよーつーべから盗んだ曲がiTurnにダウンロードできなくなりました。

それでその、「以後表示」しなくなったプログラムを探してるのですがどうにも見つける事ができない。
いっその事メディアプレーヤーごとアンインストールしてくさったろと思ってコントロールパネルを開いてみたわけですがどこにメディアプレーヤーが入ってるのかさえも分からない。
とにかく、面倒くさいこと大っキライです。


車の中に小椋佳の「めまい」がありまして、それを駐車場で聴いてたら「シクラメンのかほり」なんかも聴きたくなってしまいました。
小椋佳って若い頃からあまり好きではないのですがテレビドラマ「娘たちの四季」でしたか?
テーマ曲となった「めまい」が忘れられないです。
それから布施明が歌って大ヒットした「シクラメンのかほり」ですね。
「シクラメンの香り」じゃなくて「かほり」ですよ。

そういえば「かほりちゃん」って女の子がおったなぁ。
彼女はド近眼で話をする時、間隔20cmぐらいまで異常に顔を接近させるんですよ。

あっ・・・なんでした?
「シクラメンのかほり」でしたね。布施明がこれでレコード大賞とった大晦日はなぜだか忘れましたが死ぬほど忙しくて不意に目に入ったテレビに「ああっもうレコード大賞終わるやんけ!」って雰囲気だけが記憶に残ってるんですよ。

小椋佳の「けい」という字はキヘンだったかニンベンだったか・・・
とりあえず、「けい」つながりでケイ・ウンスクをお贈りしました。


働くとは端が楽する事・・・

2014.04.05.Sat.00:47
フィツェラルドの「グレート・ギャツビー」を過去三冊買ってます。
一度は失くしたと思って購入し、もう一回は遠く出張先で買う。
そのうち二冊は今も手元に残ってます。



これは昔のアメリカの上流社会の事を書いた物語で自分はもちろんアメリカの上流階級の出身ではないのでよく分かりませんが繰り返し読んでるうちはおおよそ、その幸福感だけは味わえる・・・人から愛される物語には裕福な環境というのが前提条件です。

お金に困らず素朴にぶらぶら暮らしたい。
多くの人はそんな風に思うんじゃないかと感じます。

でも実際それって孤独でしょうね。だって多くの人はそうじゃないし、皆それぞれ生活を維持するために働きつづけなきゃならない。
そうしたセレブレテイな人が一人いたとしたら、その周りはそれに限りなく近い偽物とそれに憧れる人達で構成される。

なんかの化学式みたいですね。

年に一回ぐらいは大穴空けて極貧状態に陥るけど、上流階級じゃない事を除けば自分も素朴にぶらぶら生きてるようなものでその偽物に近いんじゃないかと思ったりする。
ローソンの角を曲がってオニのような峠を越えたところにお寺さんがあって「働くとは端が楽をする事。」と書いてありました。
働ける事が幸福だといえば確かに理にかなってはいますが「騙されてるでぇ!」というのも否めない。
だけど賃金を稼ぐにしろ資産を維持するにしろ、働かなきゃ収入にはならないのは地上の摂理というものです。

キッスのgreat expectionsを思い出す。
邦題が「地獄の遺産」ってまた残念センスですがシングルカットされたんでしょうか?

これってファーストに収録されてた曲のように思ってましたがデストロイヤーに入ってたんですね。
聴いた時期がほぼ同じだったのでファーストとデストロイヤーをよく混同してるんですよ。

いずれも遠い昔の事ですし・・・

あぁ明日は土曜日なのに出勤です。また昼過ぎに逃げかえってやろう。





はまなす

2014.04.02.Wed.23:11
九州に来て何年になるのか?
正確には憶えてないのですが玄関のカレンダーは2005年の9月のままです。
これは自分が初めてここに来て、大阪へ帰る時にめくって行ったままになってます。



それから2年か3年かしてからここで暮らしてます。
自分たち世代の大阪の子は修学旅行といえば九州となぜか相場が決まってまして、夜に悪たれしなければならないので昼間はバスの中でぐったり眠ってます。

まぁそんなですから、修学旅行の思い出というとあの子なんていいましたか?名前すら憶えてない。
自分より背が高くて結構親しかった女の子が夜中にタバコ持ってる?とかいいました。
「お前アホやなぁ、こんな時はパンツ忘れてもそこはしっかり持ってこな・・・」
そしたら彼女「さっき見つかって没収されたんや。」といいます。
それでタバコを差し出すと風が強くてうまく火が点きません。
彼女が「つけてぇな。」というので火を灯して彼女の口にくわえさす。

それってめっちゃ間接キッスや~ん!・・・ってちょっと淡い思い出です。

そんなんで九州の思いでといえば別府観光港の二階堂の看板。
それから開通したばかりの10号線フェニックス通り、あとバスの中でガイドさんの好みだったのでしょうか松山千春がずっと流れてたような気がします。
九州のイメージはそのまま間接キッスと二階堂と松山千春に定着してしまいました。

松山千春を聴くと条件反射で九州を思い出す。

でも九州に住んでから松山千春など、おそらく一度だって聴いていません。
今日ちょっとよーつーべ開いててふと思い出したのですが「はまなす」
これは「大いなる大地」でしたか、なんかそんなタイトルのアルバムの最後に収録されてたように記憶します。

このアルバムはあの頃の自分的にはどうなんかイマイチってイメージでしたし、当の「はまなす」もこれといって別に何の感慨もなかったのですが今日聴いてみた中では一番、感慨深くて迂闊にもちょっと涙してしまいました。
オリジナルはそんなに長い曲じゃなかったように思いますがハゲてからのライヴでまた長い曲です。

もう毎度毎度、選曲が長くてすみませんねぇ。また8分かけて記事を隅々まで読んでください。






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